20070430

Energetic city Bangkok


“Bangkok has a lots of Energy !” 
空港から街までTaxiを相乗りしたAmericanのMaryが言った。
旅を終えた今、旅のはじめに彼女が言った言葉の意味がよくわかる。
あのEnergyはなんだろう。
人間くささ、人間の汗、人間のPower。
古さ、新しさ、若さ、老い、世界中のあらゆる人間のPowerがごちゃまぜにMixされてみなぎっている街だった。
Khaosan Road・・・あそこは、なんだろう・・・。あのものすんごくExoticなStreet。
世界中のTravelerがあそこに集う。Khaosanから旅に出て、またKhaosanに帰ってくる。
どこからともなく現れては、どこからともなく消えていく。
いつか読んだロバート・ハリスの「エグザイルス」の世界だった。
世界中の人の旅の話をもっと聞いてみたい。世界中のあらゆる人の人生に出会えるStreet。そんな場所がThai Bangkokにあるんだから不思議だ。
Meeting only once a lifetime.
短すぎる5日間の旅だったけれど、あの街からもらったPowerは大きかった。
いろんな人に出会った。
宗教、旅、人生、国を考えた。
きっとまた行くだろうBangkok。
いい旅でした。

20070424

Leaving my little seaside cottage

2年間住んだ長沢のmy little seaside cottage (つもり…)とも今日でお別れ。空っぽで声が響くなあんにもない部屋を見て2年前に引越してきた時のことを思い出す。振り返ると本当に実り多き2年間でした。
 TVはないけど海が見える生活。海辺を歩いたり走ったり、貝拾いしたり、海辺でご飯食べたり、本読んだりがすぐにできる場所。空が大きくて、朝日や夕日が、夜は月の道がきれいだった。写真は最後にmy little beachに下りて撮った一枚。曇っていたけど、それもきれいでした。こんな風に朝起きて朝日がきれいだと一枚写真を撮りに下り立ったものだった。いい環境だった。
 最後にいろいろと用事を済ませた。
 郵便局に寄ると、これまた近所の人とのふれあい、郵便局員さんのあたたかさに嬉しくなる。
 ガス屋さんの清算。ガス機器についてよくわからなかった私は度々ガス屋さんに電話して色々と質問したものだった。ガス屋さんは「いつも安心して使ってもらいたいから。」と親切に教えてくれた。たわいのない立ち話をしてお別れした。おじさん頑張ってください。
 毎朝、ごみ拾いをしているあの人はどうしているだろう。毎朝「おはようございまーす!」のあたたかい挨拶づきあい。ありがとう。
 そんなたくさんの人とのふれあいに感謝。
 
 おうちの中では、料理やアロマ、ハーブに興味を持っていろんなこと試してみたり、音楽やRadioを楽しんだり、英語の勉強もたくさんした。そんな風に自分の生活にたっくさんのspiceを加えることができた。居心地が良かったな。「自分」というstyleがより一層見えた。そんな2年間だったと思う。
 友達のまるちゃんが向かいのアパートに住んでいて、呼べば声が届く、電話をしてれば聞こえてるよとあとで言われる。一緒にお菓子を作ったり、一緒にごはんを食べたり、こんな生活もなかなかないだろう。
 そしてこんな生活をTryさせてくれた両親にも感謝である。
 
 新たなStartを目前にShort break。今日から5日間Thaiに行ってきます。いつも旅立ちの前はバタバタとしている。どしていつもこーなんだ??計画性のなさ…;;;。でも、誰かがこの前言ってくれた。「その方がいいんじゃない?」って。よかないが、その人の言った意味は、「その方がしんみりしなくていい。」ってこと。そうかもしれないな。では行ってきます。 

20070414

Green Apron (2)


朝まで常連さんと語り明かしてしまいました。昨日は本当にたくさんのPTRとcustomerが来て下さいました。みんなありがとう。一人ひとり、たくさんの見えない思いを感じたこと。何よりもその思いが嬉しかったし、胸にじんわりと沁みました。

朝まで語り合ったお客さんは私がまだ異動したての時、「君のお陰でこの店に来るようになりました。ありがとう。」と言ってくれたお客さん。それまでは、まだ慣れないお店の中で自分を出すことに少し怯えていた私だったけれど、その言葉に、お客さんに勇気づけられ、最後まで私らしく働くことができた。そのお客さんは、今ではたくさんのPTRと仲良し。店員とお客さんを越えた仲間のような存在となった。

ある高校生の女の子はお花を持って来店してくれた。出会った頃中学生だった彼女は、いつもスタバで勉強をしていた。声をかけると人懐っこい笑顔で私の相手をしてくれて、それから何度も元気に来店してくれた。高校の合格、中学の卒業、高校の入学。いつも報告してくれて、私はいつも見守る姉のような思いだった。手紙に「今まで見た中でNo.1の店員さん」と書いてくれていた。素敵な高校生のお友達ができて本当に嬉しい。

今日船が港に着いたばかりだというのに、時間を割いて会いに来てくれたお客さん。

BASE店の常連でもあり、私のEnglish teacher。家族みんなで来てくれた。お子さまboys大興奮。店内大暴走。誰かの名言。「StarBucks Kindergarten」には笑った。

偶然、閉店間際に来店された、BASE店の大好きな常連さん。私のこれからを話すとものすごく気持ちを込めて「I am very very happy for you...」と喜んでくれた。またあなたのこれからとつながっていたいわとMailアドレスを交換した。

語り尽くせぬお客さんとの出会いの数々。
お客さんとこんな関係づくりができたのもあのお店だから。

そして素敵なPTRたち。みんなが会いに来てくれた。本当にありがとう。一人ひとりに思いがある。私なりにそれぞれに伝えようと思います。
特にモアーズ店のPTRたち。本当にみんなのことこんなに大好きになるなんて。最後の最後まで迷惑おかけしました。いつも助けてくれてありがとう。大きなお花ありがとう。花に埋もれて写真を撮ったよ。みんなからの手紙をじーんといつも読み返しています。これからの心の支えにします。

「出会い」に感謝。宝物です。
いろんな人のたくさんの見えない思いが今胸の中にあります。
この場をこんなに借りてしまいましたが…本当にありがとう。

きっと世界のどこにいてもGreen Apronのお店に行けば私はいろんなHappyな思い出が思い出せる。What a lucky I am !
Cafe やBarには本当に一人ひとりにドラマがあって、その人、その人生に出会える素敵な場所だと思う。私はいつも出会いを楽しめる人でありたい。

私の大好きな須永博士さんの詩をここに。


今日はどんな人と出逢えるかな。
今日はどんな人生を送れるかな。
今日はどんな夢をつかめるかな。
いつも今日があたらしい人生の旅立ちの時です。

20070413

Green Apron

Green Apronを着るのも今日で最後となる。3年半。雨の日も風の日も悲しい日も嬉しい日も私にとっては、ひとつの居場所だったのかもしれない。上大岡店、そして2年半はUS NAVY BASE店、最後は横須賀モアーズ店と3店舗どのお店でも、PTRに支えられ、customerに元気をもらって、振り返ればどれもこれも楽しい思い出ばかり。自分らしく働かせてくれたあのお店にとても感謝している。こんなに自分らしく自分そのままで人と接して楽しく働いてこれたことは今までなかったかもしれない。あの場所の雰囲気、人がつくる空気、「人」がとにかく好きだった。

BASE店には2年半。たくさんのPTRとcustomerに恵まれた。話し好きで人が好きなcustomerばかりのあの店ではこれからにつながる貴重な出会いがたくさんあったなぁ。

今はモアーズ店で働く私にBASEの店長が最後に1時間だけでも、働いてけば?と声をかけてくれた。店に「思い」のある私への計らいだと思うと嬉しかった。朝の1時間半だけだったけれど、たくさんのcustomerが私を知っていてくれていて、笑顔で声をかけてくれた。嬉しかったー。忘れられない。

BASE店ではcustomerに与えられたものの大きさに驚く。やさしさ、大きな愛をくれた人Val&Mikeはかけがえのないマブダチ。毎朝お店に来てはCoffeeMeeting と、世間話で大盛り上がりJoe&Joe。私が彼らのStoreから離れても、私が働くAutoportに交代で会いに来てくれた。私がBASE店を異動したとき、「俺のCoffeeをなんで作ってくれないんだー」と大きな声でAutoPortに怒鳴り込んできたMattさん。
ここには書けない本当にたくさんの思い出深いcustomerがいる。たくさんのStoryがある。モアーズ店では、Japanese customerを一人でも多く笑顔にかえて見送りたいと思って働いた。store店員とcostomerの壁をすこしづつ崩していくことが自分の中でのMissionだと思っていた。それが「私」らしく働くということだった。好き勝手やって迷惑たくさんかけました。でもそれを見守ってくれたPTRに感謝です。

そして、たくさんの魅力的なPTRと一緒に働けたことは宝です。どのPTRにも思いが溢れます。まだこれからもつながっていたいです。

あそこで過ごした一瞬一瞬が私の日々に明るい光をくれてました。
Thank you for my delightful moment in there.

モアーズ店で出会ったPTRyukiちゃんが先日素敵なお花と本を届けてくれた。その本を帰りの電車で開いて涙でした。「アジアの瞳」という本です。1p目にこの言葉...

「自分の目で確かめたい。ただそれだけなんだ」旅に出るきっかけや理由を訊ねられたとき、僕はそう答えた。見知らぬ街を歩き、そこにあるものにじかに触れ、空気を吸い込むことで、その違いを確かめたかった。ただそれだけなのだと。

旅先でのいろんな人の素敵な瞳が写真となってたくさん載っていた。osusume Linkにこの著者のLinkを置きました。「たびそら」見てみてください。URLも本当に素敵です。yukiちゃんありがとう。

では、そろそろGreen Apronを着に出掛けます。

20070409

World on fire

 Sarah MclachlanのMusic Video興味深いものだった。  内容は、このVideoのCostでどれだけのことができるか。救えるか。から始まっていろんな国の子どもたちの教育、医療などできることが情景とともに映し出される。 本当に先進国と呼ばれる国々のお金の使い方を考えてしまう。

 音楽とともに…↓


 By the way,話は変わるけれど、ここでPhilippineの話をしようと思う。

 私はPhilippine人のおねえさんたちと働いてきた。(Pubではありません。) 朝から夕方まで、週5日。毎日一緒で、本当のおねえさんのように親しくしてくれた。本当に私のSistersだ。彼女たちはとても明るくて、ひょうきん。おしゃべりが大好きで、喜怒哀楽表情も豊か。  
 
 Philippineの人たちはcommunity・共同体の意識、結びつきが強く祖国を離れ、日本で同じ国からきたもの同士、助け合って生きているように思う。日本でお金を作っては毎月国の家族にお金を送る。祖国では、日本にいる=(イコール)お金がある。と思っているという。
そういった祖国の家族の問題や、お金の問題で何度か彼女たちの涙も見てきた。気持ちの分かり合える仲間たちと乗り越えながら、日本の生活も彼女たちなりに工夫し、助け合いながらがんばっている。
 私は、彼女たちといろんなことを話す。 Phillippineという国は貧富の差が激しい。教育や、環境、必要なものにお金が回らずに、仕事を得ることも難しい。政府や、公の人間が国のお金を懐にしまいこむお金も多く、本当に必要な場所にお金が届いていかない。Street Childrenやごみを拾ってそれを売って生活する人、TVではPhillippineの臓器売買のことが問題として放送されていた。日本からもたくさん臓器を買いに来るという。Philippineでも臓器移植を必要とする患者さんはたくさんいるけれど、ペソでは莫大なお金になる。とてもじゃないけど臓器にお金を払うことができない。海外の人間が臓器提供者にお金を出して行く。違法だが、臓器提供者も生活に困り、臓器を売る。日本でも臓器が不足と金を出す。ふとこの先進国日本のお金の動きを考える。
 貧しい生活から、日本で水商売をする人もいる。男性と出会い暮らす人もいる。たくさんのお金を手にして、おしゃれに着飾る人もいる。いろんな方法で日本とPhilippineの狭間で生きている。どんな生き方をしていてもおねえさんたちの素顔は、とても素朴で正直さを持っているように感じる。どの女性たちもいろんな問題を抱えている。国が変わらないといけないけれど、本当に国を変えようとする人間がいない。みんな海外に出て行ってしまう。と話していた。難しい国の問題。一度訪ねてみたい。
 そんな彼女たちと働くのもあと数日。とても寂しいけれど、目をうるわせながら、帰ってきたら連絡してね。Mailちょうだいねと力強いメッセージがうれしい。  彼女たちがPhilippineに帰るときは私も是非一緒に行ってこの目でPhilippineという国を見ていたいと思う。

Peace

2001年PEACEBOATに乗った。 たくさんの国に出会い、人に出会った。 地球の裏側で何が起こっているか今まで自分が知らなかったことをこの目で見て、この心で感じて、自分に何ができるのか、自分というもの、自分の国日本を考えた。 知ることってどんなに大切か。 伝えていくことってどんなに大切か。 船は教えてくれた。


 そして、PB仲間のきょーこちゃんがコミュにまた素敵な映像を紹介してくれた。 映像であの時感じたものを伝えてくれている。 PB以外の人にも見てもらいたい。感じたことを伝えたい。と思い、ここにUPしたいと思う。 きょーこちゃんの文面より↓


 PEACEBOAT52回南回りクルーズの乗っていた20前後の女の子たちが船内で貧困のスライドショーを作ったそうです! キレイな写真と、 彼女たちの目線で、見て感じて考えたことを とてもストレートで素直な言葉で表現してます。 とにかく素敵な作品になってるので ぜひぜひ見てください!{音楽も一緒に!!}



 等身大の彼女たちの映像がとても素敵だと思った。知ったこと、感じたことから、自分に出来る「何か」を考え、実践していた。 私もあの船に乗ってから、大切にしたいものや、ものの見方が変わったように思う。 小さなことでも出来ること。自分も、周りも世界もつながってる。しっかりと本当のことを知り、自分にできることをするってことにつなげていきたいですね。


  写真はパレスチナの子どもたちです。 イスラエル・パレスチナも内戦がもう50年以上続いています。 この子たちのおじいちゃんの時代から戦争をしている。 銃を持ったイスラエル兵に石を片手に立ち向かって亡くなった子どもたちもたくさんいる。 終わらない戦争を終わらせるのは誰だ。 この子どもたちの笑顔を守るのは誰だ。 そう考えて、当時、難民キャンプを訪問した時に怒りを覚えた。 あの子たちは今どうしているだろうか。 もう一度あの子たちを訪ねたい。

Loves and Hugs

 PB友達きょうこちゃんと、きょうこちゃんのお友達まるちゃんの日記を呼んで、私も私の周りの大切な人たちとこの言葉にならない思いをshareしたいと思った。 この映像を観たとき、なぜだかわからないけど、次から次へと涙が溢れ出た。 日々、日本、世界について考え感じているいろんな感情が一度に噴き出した感じだった。 怒り、悲しみ、喜びが一度に飛び出した。 きょうこちゃん。そしてまるチャンの解説によると・・・ ↓



オーストラリアのシドニーで、Juan Mannさんという方が 『Free Hugs Campaign』(フリーハグキャンペーン)という のをされていている実話だそうです。 彼は「FREE HUGS」(HUG無料)というサインを掲げて、 街頭に立っています。 (マクドの「スマイル無料」みたいなもの?(笑)) ですが、途中、警察からこの活動を禁止されます。 しかし、彼は署名活動を開始し、10000もの署名を集め 結果、再び活動を開始することができました。 では、見て下さい。one love感じてください。

ではどうぞ♪enjoy with music!





 私のミャンマーでの話をしたい。 2004年ミャンマーの無医村を医師や看護婦の一行と訪ねるボランティアの旅に参加した。 そこで出会った村の子どもたちに私は大きな愛をもらった。 診療所の手伝いの合間、私が子どもたちと遊ぼうと外に出るとどこからか、たくさんの子どもたちが取り囲む。いつの間にかちいさな手がたくさんたくさん私と手をつなごうと私の右左一つずつしかない手のひらの中に入ってこようとする。 その手のぬくもり。 言葉が通じ合わないけれど、意味がわからなくても私の話す声の調子を一生懸命聞いて、顔を見て何を考えているのか読み取ろうとするそのまっすぐな瞳。 その見えない力が私たちも子どもたちも笑顔でいることへ導いた。以心伝心だった。 それを感じた時、胸の中がじんわりとやわらかくやさしい気持ちになった。 目に見えないものの大切さや豊かさを改めて感じた。



 今、人と接すること、関わること、ぶつかることを恐れないでと伝えたい。相手を想い、気持ちを伝え合うこと、ぶつけ合うこと、そこから生まれる気持ちの強さ、あたたかさを感じてほしい。 全ての国の人、地球上のどんな人にも、一つのhugが、一つの握手が、一つの手が、一つの言葉が、一つの笑顔が、一つの思いが、心をやさしくさせる瞬間がきっとある。

 「ただいっしょに生きていきたい。」のだ。

 

ありがとう。 Loves and hugs Thanks きょーこちゃん、きょーこちゃんの友達のまるちゃん

Pic:エリトリアPB2001