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20111107

石巻で一緒に過ごした仲間。

                       撮影:Masaya Hattori
石巻にて

石巻で出会った仲間と、突然、石巻ぶりの再会を果たした!
場所は、当時の炊き出しシェフの理央さんのスペイン料理のお店中野のイレーネ。


私たちがPEACE BOATのボランティアとして現地に向かったのは、3月末。PEACE BOAT第一陣のボランティア派遣だった。
あの震災直後を振り返ったり、その後のこと、現状の話をする。
まさやさんと3人娘

震災直後、どこのボランティア団体も現状を見て、硬直状態だった中、PEACE BOATは、今行かないでどうする、足踏みしている時間はない、何百人と連れていかねばと、何百人も入ることができるかわからぬOfficeでのボランティア説明会を決行したこと。

初めての炊き出しで理央さんが出したものはなんとミネストローネだったこと。

ストアをしきっていたまさやさんは、第一陣より先に、単身で石巻に乗り込み、すべてが偶然でPEACE BOATに参加したこと。

一陣より先に、PEACE BOATで現地入りしていたマントルさんは、今も石巻で活動していて、ディレクターをされていること。

同じく、一陣より先に、マントルと現地入りしていた金ちゃんは、数ヶ月石巻でボランティアをした後、PEACE BOATで地球一周をして、帰ってきていた。
マントルと金ちゃん

話はつきなかった。


あの震災直後のボランティアとして感じていた様々な緊迫感や、厳しさの中で、同じ思いで集まっていた現地での出会いはなんだかすごく貴重な気がした。

同じチームで朝から晩まで活動し、同じテントで朝晩を共にしたタマちゃんとユイちゃんは私が去った後、3、4ヶ月現地に滞在し、多くのボランティアの上に立って活動していた。

あの私が見た石巻とは、全く違う、力強く前進した町の姿をみんなは見ている。
私もその姿を見て、肌でそれを感じたい。そう思っている。
同じテントで朝晩を共にしたユイちゃんとタマちゃん


タマちゃんから石巻の名産である雄勝石で作ったネックレスを。
そして、ユイちゃんから渡波のとろろ昆布をいただいた。
こうして、復興地、様々な形で地産品での経済復興を進めている。
応援していきたい。

そして!この理央さんのレストラン、中野にあるスペイン料理“イレーネ”は本当においしくって、楽しくお酒が飲める、お酒がすすむおいしい料理ばかり!絶対にまた行くぞ。おすすめです。

20110509

生と死。

自分が25の時、ある登山家のドキュメンタリー映画に出会った。
「運命を分けたザイル」という作品だ。

たまたま向かいに住んでいた友人が借りてきたDVDだったのだが、それは私の中で忘れられない作品となった。


今思えば、様々なターニングポイントを迎えていた当時の自分。激しく悩んだり、落ち込んだりして、気力も出ない。そんな時期だった。
でも、あのDVDではっと目が覚める。衝撃だった。

映画は、実在の登山家ジョー・シンプソンが死の直前から生還したストーリーを再現映像と本人の語りで作られている。

壮絶な事故。人一人いない雪山の中、生死の境を行ったり来たり、その恐怖の中での、様々な精神状態を本人が語っていく。
私が、忘れられなかったのは、
彼は登山家として、幾度となく、雪山で死ぬことを考えてはいたというジョー。でも、実際に本当に死に直面した時に思ったことは、「とにかく、誰でもいい、死ぬ時に誰でもいいから、誰かにそばにいて欲しかった。」と死を覚悟しながら思ったという。
死の直前。それを体験した彼は、当時20代半ば。まさにそれを見ていた私と同じくらいの年齢だった。

パンチをくらった。わあわあ涙が溢れ、止まらなくなった。私の涙のわけは、この映画を見た他の人とは違うポイントだろう。

私と同じくらいの年齢で、こんな大冒険をしている人がいる。生と死の狭間を生き抜き、命の重みをこんなにも感じている人がいる。
今、私は一体、何をしているんだ。何をくすぶっているんだ。自分が情けなくて情けなくて仕方なくなったのだ。
思えば、小さな箱の中に入り込み、飛び出すことに躊躇し始めていた。だんだんと自分の可能性にふたが閉じていく…そんな時期に、出会った作品だった。

それから私は、再び人生のチャレンジや、冒険に向かって歩けるようになった。
再び夢を持てるようになり、20代後半で再び海外へ出た。

30代になり、また日本に戻った私に、再び登山家さんとの出会いがあった。

アルピニストの野口健さんである。

私は、野口さんのブログに出会い、日本や世界、自然、命を考えながら生き、山に登り続ける、冒険し続ける彼の旅の記録に、色々なことを学び、考えさせられた。
日に日に野口さん自身や、野口さんの活動に興味を持ち、講演会の抽選に応募。
抽選に当たり、大興奮で当時あの「運命を分けたザイル」のDVDを観せてくれた友人と共に今年の2月末、会場へ行った。講演会で話す野口さんは、時間を一切気にせずに、伝えたいこと、話したいことをおもしろおかしく、たくさん話してくれた。講演会の後の握手会では、本当にきさくに話してくれた。初めて、講演会に行った私に、何度も初めてか。と聞いて、「初めて会った気がしないなあ~。」と言ってくれたのは嬉しかったなあ。これが、その時の写真。

尊敬する野口 健さんと。
その講演会から、約2週間後に、東日本大震災が起こる。
地震後、私が石巻にボランティアに行っている時、野口さんも、たくさんの寝袋を多くの被災地に自分でトラックを借りて届けていた。

もともと4月の初めエベレストへ出発する予定だった野口さん。被災地の往復を終え、一息入れずに少し出発は遅れたがエベレストへ向かった。

その野口さんが、先日、エベレストで雪崩に遭遇した。
まさに、死を覚悟する出来事。詳しくは、彼のBlogを是非読んでみてほしいのだが。
クリック→野口健さんのBlog
野口さんの言葉に再び、「命」を考えた。
「人は死を感じれば感じるほどに生を強く意識するものなのかもしれない。」
最後は、こう綴られていた。
(以下抜粋)
>「どのような状況に追い詰められようとも最後の最後まで精一杯生き切ってやろう」「あれだけのピンチを潜り抜けたのだ。自分にはまだ運が残っている」と気持ちは前向きだった。気持ちが切れなければ、また潰れなければ、なんとかなる。そう、なんとかなる。
誰もが一度は、「生と死」を考え、生きるために本当に必要なものとは何かを問う。
震災後、日本中の多くの人が、命の尊さ、今、生きることの尊さを感じているのではないだろうか。


今、この瞬間に命があるのならば、苦しくともなんとか、一歩一歩前に歩いて生きていこう。
被災した方々、大切な人、大切なものをなくした人、家に帰ることができない人、まだまだ私たちの中にある悲しみや苦しみは拭いきれない。
でも、今ある命。なんとか心に火を灯して、歩いていこう。
震災からもうすぐ2ヶ月。
被災地以外の人間は、まったくもって自粛ムードに暮れている場合ではないと思う。
一人ひとりのパワーを何らかの形で被災地へ届けていこうじゃないの。
命燃やしていこうじゃないの。

20110311

二人展「布と絵」

“棉を紡いで織ることは、そこまでつながってきた棉の命を預かって次に渡すこと
棉のもともとの力が失われないように、もっと輝くように”

 先週、「布と絵」という知人の展示会に出向いた。
棉を紡ぎ、布を織る。
彼女の作品はやさしさに溢れていて、
 織られた布のその色やその感触からもそれを感じる。

上の写真の左側は、棉をほぐして棉とその中にある種を分ける機械。
右側は、インドの糸を紡ぐ機械。

こうして、棉が糸になり、その糸が布になる過程を知ると、
自分が普段何の気なしに着ている全ての「衣」に感謝の気持ちが生まれた。
きっと、彼女は、こうして棉を育て、糸を紡ぐことで、生活のあり方や世界を考えているのだろう。
機械を使った大量生産や、輸入に頼って、生きている足早な日本の現代、
自らの足を少し休めて、生活のあり方や、周りをぐるっと見つめなおす。
そんな時間を少しでも持って、生きていきたいのだ。


一緒に展示されていた絵がこれまた「愛」を感じ、その絵が持つストーリー性からは、なぜか、旅した国々を思い出させる。人の絵を写真に撮るというのは、なんだか気が引けて、できなかったが(織物の作品だって、そう思えって話だが…。)、私が購入したCardの一部、私の好きなPartを少しここに。(写真右)女性のおなかからハートが広がっている。素敵だなあ。この絵はまあるく描かれていて、とってもPEACEFULな作品。絵の全体図は、彼女の絵を直接見た方がいい。Natural ローソンで販売されているVegecuiteベジケットというおいしい野菜のクッキーのパッケージでも、彼女のイラストに会える!かわいいです!!

私は、なんてったってこの日二人からPOWERをいただいた。

この二人は、同じ年。
二人のように、何かを生み出して、それを表現すること。
私にとって、きっとそれは、こうした文章を書くことだったり、人と話すことだったり、音楽だったりする。 私もしていきたいんだなあ。もっと。欲張り過ぎない程度に。もうちょっと。していきたいんだなあ。
気づかせてくれた二人に感謝。素敵な出会いに感謝である。
布のくぼっちと絵のマヤさん。
くぼっちとは数年前に友人を通して出会った。
彼女の持つやさしい雰囲気からだろうか。
なぜだか、彼女の前では、よく涙を流してしまう私。
不思議である。
この日は、くぼっちも花粉症で涙目だったっけ。
私は、彼女の詩に心を打たれ、涙目だったっけ。
(写真下)
 
お二人のBlogをLinkします。
これからの二人に注目です。

和棉手紡ぎ、手織りの布 波の子(久保奈美子さん) http://archipelago7.blog119.fc2.com/
イラストレーター ナツマヤさん http://nekotokurasu.blogspot.com/

20110227

日本の中のSOS



日本の中でSOSが発信されている。
山口県上関町の祝島からのSOS。
あなたの耳には届いているだろうか。
メディアが報道していない日本の動きを知っているだろうか。

昨日、駅を降りると、二人の女性が、ビラを配っていた。
祝島のことをみんなに知ってもらおうと、作ったビラを配っていたのだ。
私がこの祝島を知ったきっかけだった映画「ミツバチ」の上映実行委員会だった方たちだろう。

私は、Web上での抗議文について、少し聞いてみようと話しかけた。
彼女は、声を震わせながら、
先日、祝島に行った際、祝島の人たちが中国電力の作業員とぶつかり合っているところを目の当たりにして、これは緊急事態だと涙ながらに話してくれた。
私が、何か私にできることは。と尋ねると、これを、少しでも多くの人に配ってほしいと、彼女が持っていたビラの半分私に渡してくれた。
抗議文より署名より、何より、私が、これを一人でも多くの人に広めていくことが大事なんだと思った。
配られていたビラ。
 
祝島のタミちゃんという方の声がTweetされていて、祝島の人たちの気持ちが伝わってくる。
『わしらは中電の作業員を憎んでいないんよ。むしろ 同情してるし、可哀想だと思ってる。彼らは家族もあるし命令されてるだけだから。でもね、どんなことがあってもわしらは金で海をうる事はできんのんよ。 1000年以上も島を守り続けてきた先祖や、これからの子に申し訳がたたんけ』




海を守ること、生活を守ること。いつから、私たちはそんな当たり前のことが出来なくなってしまったのだろうか。

それにしても、日本のメディアは、世界の情報もしっかり伝えていなければ、この国、日本自体のこのような市民の大きな動きさえも、あきれるほど報道していない。一体誰のためのメディアで、何のためのメディアなのだろうか。上っ面の情報だけが飛び交い、それに、左右されていく。そんなメディアに踊らされる私たちであってはいけないと強く思う。

祝島についてもっと知りたい人は、私が観た鎌仲監督のドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転」を観られるといいと思います。  

明日は、フリマ出店。ビラを配りたいと思います。

<過去関連記事>

BON VOYAGE !: 祝島: "午前2時半からライブ映像が流れている。 瀬戸内海の祝島だ。 今、大きな局面を迎えている。 人口500人の祝島。対岸の原発の建設計画に島民が自分たちの生活を守るため、島、海を守るために必死で戦ってきている。今朝、午前2時半から真っ暗闇の 中、中国電力の埋め立てへの強行な動きが..."

BON VOYAGE !: ミツバチの羽音と地球の回転: "鎌仲ひとみ監督の作品「ミツバチの羽音と地球の回転」の上映会が近くで行われると聞いて、出かけた。 瀬戸内海にある、人口500人の祝島。対岸の原発の建設計画に島民が自分たちの生活を守るため、島、海を守るために必死で戦っていた。 限りある化石燃料に頼って生きる今の生活は、何世代にも..."


20110208

a letter from the sky

 

先日、ドイツへ旅立った友だちから、まさに旅立ちの日、今頃空の上で爆睡だろうというまさにOn timeで、手紙が届いた。
彼女のことを思い出しながら、空を仰いでいたので、なんとなく、これは「空からの手紙」だった。
彼女が好きなターシャ・テューダさんのカード。

先日、旅立ちを前に彼女に会った。
あれは、何とも3年ぶり、いや、もしかしたら4年ぶりの再会だった。
私たちは短大で出会い、一緒にCanadaはPrinceEdwardIslandに語学研修へ行った仲だ。もう10年以上も前の話になる。
あのPEIとの出会い、あの旅そのものが、大げさかもしれないが、私たちの人生を変えるものとなった。あの時に気づいたもの、感じたものが、まさに今の自分へとつながってきた気がする。彼女もそう感じている。
彼女には、いつも何か圧倒されるパワーを感じる。
それは、短大の頃から何も変わっていない。
美人なのに、面白くて、時々ヤンキー並みに騒ぎ立てたかと思えば、繊細で、心が温かく感性が豊かだ。時々ずどおーんとパワーを突き放したかと思ったら、このカードのように詩的な言葉を綴り始める。見返りを求めない、すこーんと気持ちいい明るさと優しさがある。なんとも不思議な魅力で、人を放さない。それが彼女。
そんな彼女の新しい旅がドイツから始まる。
正直、私は国はどこだっていいと思った。彼女のパワーが今より一層解き放たれるのならば。
「今」って儚い時を幸せで、楽しく生きていたい。それが、過去の自分、未来の自分への''Present''だから。
彼女の手紙に、そう書かれていた。
そのパワーをどんな風にドイツで突き放つのか、私まで楽しみである。
BON VOYAGE !! 良い旅を。

20100926

伝えたい!ひとみちゃんとの出会い。

ひとみちゃんと私。
ひとみちゃんと私が出会ったのは、私が、シドニーの日本語学校で教師になってすぐの頃だった。
日本語教師を目指して、提携の日本語教師養成講座に入学してきたひとみちゃん。
入学初日、自己紹介の時からにこにこ×②していて、緊張よりもなんだかにわくわくしている様子の彼女。なんだか誰もが昔から知ってるんじゃないかと思っちゃうような、そんな親しみが持てて、かわいらしい印象を持ったのを覚えている。
すれ違う度に笑顔を交し合える、誰にでもOpenで、明るい子だった。


その頃の私は、教師になったばかりで、なんだかいろんな不安を抱えていた。
毎日、彼女の笑顔を見るだけで、なんだか励まされていた。

そう、そんな私にとってエンジェルちゃんのような彼女はある日、私にちょっと緊張した様子で話しかけてきた。

彼女は、実は自分が義足であるということを私に打ち明け、そして今までの義足と共に歩んできた自分の人生、自国の社会福祉制度や、海外に出て感じたことなど、様々な自分の気持ちを養成講座の課題である異文化研究発表で話したいということについて相談してきたのだった。みんなの前で、それを話すことに、彼女なりの不安や躊躇があっただろう。勇気を出して話してみようと思ったその時の彼女に迷いなどはなかった。ただ、少し誰かに背中を押してもらいたかったのかもしれない。
 
その話はだんだんと広がり、発表当日はたくさんの人がひとみちゃんの話を聞きに学校に来た。
ひとみちゃんは自分が生まれたときのこと、病院や地域から受けた悲しい偏見や抑圧。外国に出て初めて自分らしく生きていくことについて気づき、考えたこと…。涙ながらにも、一生懸命、小さな肩を震わせながら、でも、ところどころ笑顔でつとめて明るく、本当に一生懸命に、話してくれた。

私は、話を聞いたとき…なんというか…いろんな感情が駆け巡った。喜びと、怒りと憤り、いろんな感情がぐるぐるしてしまった。

日本での偏見や、障害を持つ人が社会へ出て行くこと、自立して生きて行くことがまだまだ大変な日本にふつふつと怒りや、憤りを感じた。と同時に、そこから湧き上がるの は、日本という国に変わって欲しい!いや、私からでも少しずつでも変えていきたい!!!そして、そこにいて、ひとみちゃんの話を聞いたみんなで少しずつで もきっと変わっていけるんだ!!!というなんとも言えない熱い思いだった。
そして、もう1つは、彼女が今、こうして自分の目の前にいて、たくさんの人の前でこんな風に自分の人生についてお話しできていることに、なんとも言えない喜びが湧き上がった。尊敬の気持ちと、喜びと。キラキラと生きている彼女を見て、なんだかぽおーっとした。惚れ惚れした。素敵な人に出会っちゃったなー。って思った。彼女の勇気にとにかく心から乾杯だった!

私は、昔からボランティアや以前のNPOの仕事の中で、障害を持つ人に知り合うことや、共に活動することが多かった。そして、なんとなくその人たち の笑顔や言い方おかしいかもしれないけれど、その人たちの心をちょっとのぞいてみることや、その人たちと関わることが好きだった。外国の人と知り合う時も なぜかそんな気持ちになる。とにかく、私は、人間のいろんないわゆる「ちがい」が好きなのだ。そして、分け隔てなく、私は自分が好きだと思えたものには、心を開きたいのだ。


自分が、海外に出てから障害を持つ人が、日本より堂々と、自立して、その人らしく生きている姿に日本という国に様々な思いを抱いた。
ひとみちゃんも海外でそれを感じ、自分のもっと違う生き方への希望が湧いたという。

そのひとみちゃんが、ひとみちゃんの足が、なんとTVに出るというのだ。
28日の火曜日「魔女たちの22時」という番組である。
右の写真を見て、ほお。そのひとみちゃんがアスリートに!?と思うかもしれない。そして、まさに、そうかもしれない。
で、なぜ?TVに出るのか!?
詳しい話を彼女自身がFacebookでたくさんの写真と共に公開してくれている。是非読んで欲しい。(下記URL)彼女の明るいキャラクターが文面に表れている。


http://www.facebook.com/note.php?note_id=431526208778&comments&ref=notif&notif_t=note_reply#!/note.php?note_id=431526208778

ひとみちゃんをとても誇りに思う。

ひとみちゃんに励まされるのは、障害のある人たちだけではない。
シドニーでもそうだった、そして昨夜、メールでの何度かのやり取りの中でも。
彼女はいつも私に笑顔で語りかけて、強く励まして、自信をくれるのだ。きっと彼女は出会った人にそうして彼女の愛を分けているだろう。

ひとみちゃん、ありがとう。
そして、あなたと出会えたことにありがとう。
GO!GO!!HITOMI!!!GO!GO!GISODOL!!!
(ひとみちゃんが命名したGISODOL=義足アイドル。読んだらわかりますから。是非!上記URLをClick!)

人生のチャレンジを続けて、愛する人に出会い、人として、そして女性としても、ますます輝く彼女。
本当に障害に関わらず!!1人のキラキラした友人の姿を私が出会った人にも紹介したかった。
人に出会い、その人の人生に出会う。
人生って素晴らしい。
この旅の中で、またまた素敵な人生に出会いました。

20100924

a parcel from France

Franceからお届け物。

2年前、AustraliaのFarmで働いている時、滞在していたWork hotelで2ヶ月を共にした友人Axelからだった。


なかなか面白いキャラクターの彼は、Hotelでよく1人でフラフラと歩いているかと思えば、すーっと人の中に溶け込んでいく。独特の雰囲気を持っていた。

朝は早くに起床して、夕方まで汗と泥まみれになって働いた日々。
Hotelに帰ってくると、夕食の支度をして、よく食事を共にした。
休みの日は、よく一緒に近くのプールに行ったり、ビールを飲みに行ったり。
Axel & Christopher
2ヶ月のFarmでの仕事、Work hotelでの生活を終え、AxelとBelgiumから来たChristopherと共にHotelを後にし、二人の行き当たりばったりの旅に加わった。

年齢も性別も国も違う2人。だが、不思議に、このマイペースなヨーロッパの若者2人と私は気が合った。
のんびりした雰囲気と、冒険心、遊び心。
それぞれが似たものを持っていたのだろう。
いい旅だった。
今でも3人が思っている。
いつか、また3人で会ってあんな風に旅ができたらと思う。

Axelの自分で描く似顔絵。


Axelからの突然の贈り物はFranceのワインだった。
数ヶ月前、彼が実際に家族で訪ねたワイナリーのものだという。

同封された小さなメモには、今年の私の誕生日を待つか、僕が日本を旅をする時まで待って、おいしく飲んでください。といった内容が書いてあった。
どちらにするかは悩むところだ…。
そんな彼の気持ちはとっても嬉しい。
飲むのが非常にもったいない…。
でも、ワインは飲むためにある!
いずれにせよ、特別な時に開けることは間違いない。

こんな海を越えた友情は私の日々の生活の大きな糧。
いつか再会できた時には、笑って、また一緒に杯を交わしたい!
Merci !