この写真は震災翌日の3月12日、友人と住んでいたアパートで他に電力が少しでも回るように…と暗くなったらキャンドルで過ごしていた。
計画停電もあった。
日本中が震えていた。
いてもたってもいられなかった。
東北が大変なことになっているのに自分は日常の変わらぬ日々に戻っていくことがなんとも耐えられなかった。
この日本で起こっている大きな苦しみや悲しみととにかくただ共にいたいと思った。
震災の2週間後、いち早く人を送り込もうと決起したPeaceBoatの災害ボランティアとしてテントと寝袋を持って石巻に向かった。
車も家も天地がぐちゃぐちゃになり無力感が漂う。砂埃と生臭さいろんな匂いが立ち込めていた。
かき出してもかき出しても減らない瓦礫の山。
全て現実だった。
それでもそこにいる人はやるしかない。とたくましく這いあがろうとしていた。
10年で石巻も見違えるほど変わった。
人の心はなにが変わったわけでもないと思う。あの時の苦しみも背負いながらそれぞれが今を生きているのだと思う。
特に福島の問題はまだまだ一人一人が日本が世界が考えなければならない問題なのに…どうにもならずどうにもできずに今を迎えているのが現状だと思う。
東北を訪ねたいそう思いながらも結婚、子育て…時が流れてまだ訪ねることができていないけれど必ず家族みんなで訪ねたいと思っている。
昨日の14:46
園バスを降りた息子の手を繋ぎ歩きながら色んなことを想った。
この大切な人の手が離れてしまった人のこと…
この子を命懸けで守る気持ちで生きていてもなにがあるかはわからないこと…。
もうすぐ4歳色々なことがわかってきた息子に東北であったことを話すと黙って頷きながら聞いていた。
「ただいま」「おかえり」が当たり前ではないんだよ。毎日を大切に過ごそうね。
毎年この日に話していこう。
こうして話を継いでいくことも自分の使命なのだと感じた。
同じボランティアとして出会ったイギリス人のJonさん。
彼の言葉をもう一度掘り起こした。
「人間、本来は自分の体と心といたってシンプルなもの。本来はそこまで物って必要ない。ここから、また人間の大事なものを見つけて、日本中に、そして世界に広げていける。」
10年経って今私たちはコロナという新たな試練に直面している。
震災もそうだが、とにかく最後は人なのだ。人の心を救えるのは人。
ウィルスは人が救えないものもあるけれど、日々前進を忘れてはいけなくて、こんな時こそ人と心を通わせて、心を和ませたり優しい気持ちにしていきたいと私は思う。
今、人が便利便利を追求してしまったツケがいろんな形で出てきてしまっている気もする。
人間にとって大切なものをまた一つまた一つと改めて考えさせられているのかもしれない。
1日1日を大事にそして広い世界を日々思いながら生きていきたい。