20130924

私の中学校の話。


目まぐるしく、言葉にできないような日々が続き半年もBlogを留守にしていました。
しばらくぶりに言葉にしてみようと思う。

中学校の時の話をしたい。
私の中学校は、地元では有名なヤンキー校だった。
入学してみると、先輩は、ぼんたんとパンチパーマ、まさに漫画「湘南爆走族」の世界だった。
しかし、同時に驚いたのは、先生たちだった。
生徒がヤンキーだったとしたら、先生はやくざか何かかと思うほど見た目も話し方も歩き方も怖かった。片方の手をポケットに手を突っ込んで、もう片方の手には木刀を持ち、肩に担いでやくざみたいに歩く先生。
ヤンキーと顔と顔がくっつきそうなほどの距離でガンの飛ばし合い。

でも、本当に熱い先生たちだった。
熱血教師たちだった。
常に本気だった。
本気でぶつかってきた。
先生一人ひとりが本気で、一生懸命で、100%自分を出していた。
ヤンキーも、誰でも、みんなが先生たちのことが好きだった。

仲間を大切にしろ。
大切な人を大切にできるようになれ。自分も大切にしろ。
いじめなんてくだらねーことするな。
本当の信頼を築け。
希望を持て。
勇気を持て。
せいいっぱいやれ。

先生たちが私たちに教えてくれたことはたくさんある。
先生たちとの思い出もたくさんある。
もう20年も前のことなのに教えられたことは今日までずっと心ん中にあって今までの人生で幾度となく出てきては師として自分に喝を入れてくれる。

先日、そんな熱血教師たちのリーダーのような先生がこの世を去った。
先生との思い出がよみがえる。

私が忘れられないのは、学年総会。
何かクラス内で問題が起こると、学級総会をした。
何か学年で問題が起こると、学年総会。
全校で問題が起こると全校総会。
全て生徒主体で行われた。

入学してすぐの学年総会。
一人の生徒が小学校でいじめにあっていた。
中学校に入っても、引き続きその噂が流れ、いじめにあってしまった。
学年総会が開かれた。
中途半端な話し合いに、先生がぶちぎれて出て行った。
真剣に悩み話し合った後、帰ってきたその先生が話し合いの最後に話した。
「ここは、~小学校でも、~小学校でもねえ、過去に誰がいじめられてたなんてどうでもいい。忘れろ。大事なのは今なんだ。今ここ~中学校で新しい生活、新しい自分、新しい仲間を作っていくんだ。」 
言葉の全部は覚えていないけれど、とにかく先生の言葉は重く心に響いた。いつだってそうだった。
ぶっきらぼうな言葉だがいつもその言葉の一つ一つに思いが、愛情があった。
先生は訳あって私たちの卒業式までいれなかったけれど、先生が私たちを育ててくれた一人で私たちに大きな影響を与えたことは間違いない。

卒業して同窓会で一緒に酒を飲んだ時はなんだか嬉しかった。「また(同窓会)やれよ!」って言われたのに、結局私が先生と酒を飲めたのはあの一度きりだった。

そんな先生のお別れ会。本当にたくさんの人が集まった。
長い長い行列が建物を取り囲んだ。

エレベーターで会場がある二階に上がると、
♫自治の楽園 若人我ら。
校歌が流れていた。
献花の時には当時歌っていた合唱曲「怪獣のバラード」が偶然にも流れ出し、涙を誘った。
私たちの合唱はきれいな歌声ではない。とにかく一人一人が大きな声で歌う、大きな大きな歌声だった。ヘタクソでもそれが私たちの合唱だった。
先生はそのヘタクソな合唱が好きだった。声が小さいと「だめだ、そんなんじゃだめだ。まだまだ出る。」と喝を入れた。

献花台に並んで、同級生の女4人で野球部でもないのにせーので「先生、ありがとうございました!」大きな声で挨拶させてもらった。私は涙をこらえながら言ったらいつも以上に声がでかくなってしまって笑われた。みんなの声もでかかった。もういい歳だけど、先生の前ではいつだってあの中学の時の私たちだった。きっと先生は「うるせえなあ。」と笑っていただろうと思う。

先生のご家族が作ったお礼状の最後にこんな言葉があった。
「種はまきました。どうか、(先生の名前)の思いが太くたくましく育ち、色とりどりの花が咲きますように。」
どれだけの種がまかれただろうか。
どれだけの花が咲くのだろうか。
日本中、いや、世界中に花が咲いているのをにこにこ見ている先生の顔が目に浮かぶ。

38年の教師人生で定年の年に逝くなんて、教師として生き抜いたなあ。先生…なんか、こういっちゃなんだけど、これも先生らしいよ。
先生の人生少ししか知らないけれど、それでも先生のことを、その人生を、そして先生を支えたご家族を誇りに思う。
そして、先生に出会えたことをとても光栄に思う。

私は学校の教師ではないけれど、今、子ども相手に仕事をしていて、よく当時の先生のことを思い出す。
この夏もオーストラリアに全国から集まった45人の子ども達を連れて行った。
その時に先生が私たちにくれた言葉を自分の生徒に言った自分がいた。
こうして先生から教わったことを継いでいく。
今の子どもたちになおさら必要なんだ。
今はあの当時の熱くなって、涙したり、必死になったり、ぶつかり合ったりする、本気で生きるっていうことがなぜか格好悪いとさえ思われるようなさみしい世の中でもある。
でも実は人間の根本は変わっていないし、むしろ実はみんなそれを強く求めているのだと思う。

先生、花を咲かせていくよ。
まだまだこれから咲かせていくよ。
先生の思いを少しでも継いでいけるように頑張るよ。
ありがとう。先生。


20130311

あれから2年…。

2年が経った。
朝、起きていつもより早く家を出る。
目の前の海をしばらく眺めた。
あの日のいろんな思いがよみがえる。
いろんな人のいろんな思いが混ざり合う。

あの日から何が変わったのだろう。
変わった景色があって、変わらない景色がある。

変わった自分がいて、変わらない自分がいる。

昨日、仕事後の従業員エレベーターでの一コマ。
遠くからやってくる足音が聞こえ、エレベーターのドアを開いたまま待っていた。
一人の若い女の子が待っていたことに驚いた表情で入ってきた。
そして一言。
「優しい…」
と呟いた。
自分のことを優しいと言われ、
なんだか嬉しくて微笑む。

3.11直後、混乱の電車の中で、街中で、被災地で、人の優しさ、あたたかさに触れた。見知らぬ人同士が与え合える優しさ、あたたかさ。与え合う、分け合う喜び。
人はそれを忘れてはいけないのだと思う。
どんな物騒な世の中になっても、人に優しさを分け与え、優しさを感じることができる人間でいたい。
人は人で支えられているから。

今日は職場のショッピングセンターでそこにいる人たちと黙祷を捧げたい。