時間が流れていく日々。
通勤時や帰宅時に
通りを歩く人や、電車の中にいる人を眺めてみる。
なぜだか、その一人ひとりを見て、心の中で笑顔になる。
いろんな人の存在を感じて、自分の存在を感じる。
世の中、その心がざわざわしている今、こんな時だからこそ、
人を感じることに幸せを覚える。
何気ない日常の姿に幸せを覚える。
路上から音楽が聞こえ、足を止める。
涙が溢れる。
その歌声の優しさと、言葉の優しさに包まれた。
♪
足りないくらいがちょうどいい。人のぬくもりがわかるから。
しんどいくらいがちょうどいい。人の痛みがわかるから。
損したくらいがちょうどいい。人に恨まれずにいれるから。
せつないくらいがちょうどいい。人にやさしくできるから。
つじむらゆみこさんという、湘南出身のシンガーソングライターさんだった。
私の存在を包んでくれるようなその路上からのメッセージ。
ありがとうを伝えた。
20110604
20110531
まっすぐな虹。
今日、昼間は仕事で外を歩き回っていた。
ふと、空を見上げて、「あ゛!」大きな声をあげてしまった。きれいな虹だった。でもなぜかまっすぐな虹だった。一緒にいたAUSSIEもまっすぐな虹なんて今まで見たこともない。と不思議そう。二人で茫然と眺めた。
30分後には、私の職場から3駅先で仕事に来ていた父から同じ虹の写真が送られてきた。違う場所でもお互い同じものを見ていた。後から聞くと、ラジオでも多くの人がこのまっすぐな虹について問い合わせていたそうだ。
小さい頃は、よく大きな虹を見たものだ。反対側からみても同じように見えているのか、横から見たら見えるのか。子どもながらに不思議に思っていたことを思い出す。
きれいな虹が見える時代をまたつくれたらいいなぁ…。
ふと、空を見上げて、「あ゛!」大きな声をあげてしまった。きれいな虹だった。でもなぜかまっすぐな虹だった。一緒にいたAUSSIEもまっすぐな虹なんて今まで見たこともない。と不思議そう。二人で茫然と眺めた。
30分後には、私の職場から3駅先で仕事に来ていた父から同じ虹の写真が送られてきた。違う場所でもお互い同じものを見ていた。後から聞くと、ラジオでも多くの人がこのまっすぐな虹について問い合わせていたそうだ。
小さい頃は、よく大きな虹を見たものだ。反対側からみても同じように見えているのか、横から見たら見えるのか。子どもながらに不思議に思っていたことを思い出す。
きれいな虹が見える時代をまたつくれたらいいなぁ…。
20110530
映画「幸せの経済学」
先日鎌倉のSONG BE CAFEで「幸せの経済学」というドキュメンタリー映画の上映会に参加した。
「グローバリゼーション」という言葉に、みなさんはどんなことを思い浮かべるだろうか。
国際的な交流や、ボーダーレスな悪くないイメージも多いだろう。
日本の私たちの生活では、その波の中で無意識的に生きてしまっているような気がする。
この映画で、実際チベットのラダックの人たちの守るべき文化、人とのつながりが、幸せの価値観が、現実、グローバリゼーションによって変化した例が挙げられる。
世界のあちこちでこの「グローバリゼーション」の波が及ぼした影響というのは大きい。
大企業の大量生産→大量消費というサイクルを生み、その結果、自国の文化が失われ、国内産業がなくなり、失業する人が増える。
日本の商店街衰退なども、その一つなのかもしれない。
生産性や効率を追い求めることが良いこととは限らない。今、「グローバリゼーション」から「ローカリゼーション」への動きが広まりつつある。
私たちの本当の幸せ、豊かさとは何なのだろうか。という一つの大きな疑問を投げかけられる映画。
誰もに見てもらいたい映画だった。
私たち一人ひとりが気づくべき何かが問われていた。
大切なものは物質的なものや、お金ではないだろう。
人と人とのつながりがもたらす、本当の意味での深い喜びや、感動があってこそ豊かな人生があるのではないか。自分の中でいろんな思いが湧き上がる。
今回のイベントのもう一つの素晴らしいところは、映画の後のディスカッションだった。
これがまた良い時間だった。心に落とし込み、それを共感できる時間。
初めて会う人と、これからの日本のことや、幸せってなんだろうかと話ができることってなかなかない。3月11日以降のこんな混沌とした時だからこそ、こんな人とのつながりが嬉しく、力になる。
ディスカッションから出た意見をここで少し。
「あなたにとっての幸せって?本当の幸せのためにできることとは。」をテーマにあらゆることを語った。
・おじいちゃんの知恵を受け継ぐことができること。
・ものを持っているほど、不安感が募っていくのではないか。もっとシンプルに。
・ものを買わないNON BUY DAYを実行してみてもいい。
・孤独な人ほどお金が必要。友達をたくさん作って本当の幸せを。
・ここに住むことを選んだんだ。たくましく生きていこう。放射能に負けない体を作る。
・農業の大切さ、人とのかかわり合いの大切さ。ローカルで生きること。
・人間として生まれてきた意味とは?HEAD、HEART、HANDの3Hがある。これからは、HEARTとHANDをもっと使っていく時代。
・水も、電気も自分が生きていくために必要なものが一体どのように自分のところまで届いているのか知ること。そして感謝すること。
初めて会った人たちと、とても有意義な時間が持てた。
こういう人とのつながりや、意味のあることを初めて会った人とでも語り合えることは、人間との「つながり力」そして大きな学びにつながると思う。
是非!見てもらいたい作品。
【映画の解説】
監督のヘレナ・ノーバーグ・ホッジさんは、その解決の糸口として「グローバリゼーション」と対局にある「ローカリゼーション」を提案していきます。 地域の力を取り戻すローカリゼーションの促進が、切り離されてしまった人と人、人と自然とのつながりを取り戻し、地域社会の絆を強めていく、と語ります。 実際に世界では、「本当の豊かさ」を求め、持続可能で自立した暮らしを目指すコミュニティの構築が世界的に広がりつつあります。この映画の中では、日本の 小川町での取り組みやキューバで起こったオイル・ピークについてのサステナブルソリューションについても取り上げています。 行き過ぎたグローバル経済から脱却し、持続可能で幸せな暮らしをどう作っていくべきなのか。そのヒントは日本の伝統文化の中にもあるのではないでしょうか。彼女はその気づきを我々に与えてくれるでしょう。(幸せの経済学Webサイトより。)
20110522
にこにこ焼き。
20110521
しゃくやくとギター
忙しい日々。
それでも月の光や木々のにおい、鳥のさえずりに心癒される。
家に帰るとしゃくやくがきれいに「私を見て。」って咲いていた。
「生」を感じる。
ギターは最近シェアメイトが頑張っています。
なぜか夜に「心の旅」熱唱…。
20110519
朝の月
早朝起きて仕事に行くShare mate。
朝まだ町が寝静まる頃に、起きて体を動かすのは、時にしんどい時もあるのにご苦労さん。
私も時々早朝、仕事の準備をしている。
ある朝4時頃、仕事の準備をしようと起きていたら、Share mateが私を呼ぶ声がする。
行ってみると、こんな景色でした。
ぼんやりとそしてやさしい月明かりが朝を照らしていました。
海を照らしていました。
その日からもう1ヶ月くらい経ち、朝4時は今もっともっと明るく、朝はキラキラしています。
地球は生きてる。
夏が近づく。
朝まだ町が寝静まる頃に、起きて体を動かすのは、時にしんどい時もあるのにご苦労さん。
私も時々早朝、仕事の準備をしている。
ある朝4時頃、仕事の準備をしようと起きていたら、Share mateが私を呼ぶ声がする。
行ってみると、こんな景色でした。
ぼんやりとそしてやさしい月明かりが朝を照らしていました。
海を照らしていました。
その日からもう1ヶ月くらい経ち、朝4時は今もっともっと明るく、朝はキラキラしています。
地球は生きてる。
夏が近づく。
20110509
生と死。
自分が25の時、ある登山家のドキュメンタリー映画に出会った。
「運命を分けたザイル」という作品だ。
たまたま向かいに住んでいた友人が借りてきたDVDだったのだが、それは私の中で忘れられない作品となった。
今思えば、様々なターニングポイントを迎えていた当時の自分。激しく悩んだり、落ち込んだりして、気力も出ない。そんな時期だった。
でも、あのDVDではっと目が覚める。衝撃だった。
映画は、実在の登山家ジョー・シンプソンが死の直前から生還したストーリーを再現映像と本人の語りで作られている。
壮絶な事故。人一人いない雪山の中、生死の境を行ったり来たり、その恐怖の中での、様々な精神状態を本人が語っていく。
私が、忘れられなかったのは、
彼は登山家として、幾度となく、雪山で死ぬことを考えてはいたというジョー。でも、実際に本当に死に直面した時に思ったことは、「とにかく、誰でもいい、死ぬ時に誰でもいいから、誰かにそばにいて欲しかった。」と死を覚悟しながら思ったという。
死の直前。それを体験した彼は、当時20代半ば。まさにそれを見ていた私と同じくらいの年齢だった。
パンチをくらった。わあわあ涙が溢れ、止まらなくなった。私の涙のわけは、この映画を見た他の人とは違うポイントだろう。
私と同じくらいの年齢で、こんな大冒険をしている人がいる。生と死の狭間を生き抜き、命の重みをこんなにも感じている人がいる。
今、私は一体、何をしているんだ。何をくすぶっているんだ。自分が情けなくて情けなくて仕方なくなったのだ。
思えば、小さな箱の中に入り込み、飛び出すことに躊躇し始めていた。だんだんと自分の可能性にふたが閉じていく…そんな時期に、出会った作品だった。
それから私は、再び人生のチャレンジや、冒険に向かって歩けるようになった。
再び夢を持てるようになり、20代後半で再び海外へ出た。
30代になり、また日本に戻った私に、再び登山家さんとの出会いがあった。
アルピニストの野口健さんである。
私は、野口さんのブログに出会い、日本や世界、自然、命を考えながら生き、山に登り続ける、冒険し続ける彼の旅の記録に、色々なことを学び、考えさせられた。
日に日に野口さん自身や、野口さんの活動に興味を持ち、講演会の抽選に応募。
抽選に当たり、大興奮で当時あの「運命を分けたザイル」のDVDを観せてくれた友人と共に今年の2月末、会場へ行った。講演会で話す野口さんは、時間を一切気にせずに、伝えたいこと、話したいことをおもしろおかしく、たくさん話してくれた。講演会の後の握手会では、本当にきさくに話してくれた。初めて、講演会に行った私に、何度も初めてか。と聞いて、「初めて会った気がしないなあ~。」と言ってくれたのは嬉しかったなあ。これが、その時の写真。
その講演会から、約2週間後に、東日本大震災が起こる。
地震後、私が石巻にボランティアに行っている時、野口さんも、たくさんの寝袋を多くの被災地に自分でトラックを借りて届けていた。
もともと4月の初めエベレストへ出発する予定だった野口さん。被災地の往復を終え、一息入れずに少し出発は遅れたがエベレストへ向かった。
その野口さんが、先日、エベレストで雪崩に遭遇した。
まさに、死を覚悟する出来事。詳しくは、彼のBlogを是非読んでみてほしいのだが。
クリック→野口健さんのBlog
野口さんの言葉に再び、「命」を考えた。
「人は死を感じれば感じるほどに生を強く意識するものなのかもしれない。」
最後は、こう綴られていた。
(以下抜粋)
>「どのような状況に追い詰められようとも最後の最後まで精一杯生き切ってやろう」「あれだけのピンチを潜り抜けたのだ。自分にはまだ運が残っている」と気持ちは前向きだった。気持ちが切れなければ、また潰れなければ、なんとかなる。そう、なんとかなる。
誰もが一度は、「生と死」を考え、生きるために本当に必要なものとは何かを問う。
震災後、日本中の多くの人が、命の尊さ、今、生きることの尊さを感じているのではないだろうか。
今、この瞬間に命があるのならば、苦しくともなんとか、一歩一歩前に歩いて生きていこう。
被災した方々、大切な人、大切なものをなくした人、家に帰ることができない人、まだまだ私たちの中にある悲しみや苦しみは拭いきれない。
でも、今ある命。なんとか心に火を灯して、歩いていこう。
震災からもうすぐ2ヶ月。
被災地以外の人間は、まったくもって自粛ムードに暮れている場合ではないと思う。
一人ひとりのパワーを何らかの形で被災地へ届けていこうじゃないの。
命燃やしていこうじゃないの。
「運命を分けたザイル」という作品だ。
たまたま向かいに住んでいた友人が借りてきたDVDだったのだが、それは私の中で忘れられない作品となった。
今思えば、様々なターニングポイントを迎えていた当時の自分。激しく悩んだり、落ち込んだりして、気力も出ない。そんな時期だった。
でも、あのDVDではっと目が覚める。衝撃だった。
映画は、実在の登山家ジョー・シンプソンが死の直前から生還したストーリーを再現映像と本人の語りで作られている。
壮絶な事故。人一人いない雪山の中、生死の境を行ったり来たり、その恐怖の中での、様々な精神状態を本人が語っていく。
私が、忘れられなかったのは、
彼は登山家として、幾度となく、雪山で死ぬことを考えてはいたというジョー。でも、実際に本当に死に直面した時に思ったことは、「とにかく、誰でもいい、死ぬ時に誰でもいいから、誰かにそばにいて欲しかった。」と死を覚悟しながら思ったという。
死の直前。それを体験した彼は、当時20代半ば。まさにそれを見ていた私と同じくらいの年齢だった。
パンチをくらった。わあわあ涙が溢れ、止まらなくなった。私の涙のわけは、この映画を見た他の人とは違うポイントだろう。
私と同じくらいの年齢で、こんな大冒険をしている人がいる。生と死の狭間を生き抜き、命の重みをこんなにも感じている人がいる。
今、私は一体、何をしているんだ。何をくすぶっているんだ。自分が情けなくて情けなくて仕方なくなったのだ。
思えば、小さな箱の中に入り込み、飛び出すことに躊躇し始めていた。だんだんと自分の可能性にふたが閉じていく…そんな時期に、出会った作品だった。
それから私は、再び人生のチャレンジや、冒険に向かって歩けるようになった。
再び夢を持てるようになり、20代後半で再び海外へ出た。
30代になり、また日本に戻った私に、再び登山家さんとの出会いがあった。
アルピニストの野口健さんである。
私は、野口さんのブログに出会い、日本や世界、自然、命を考えながら生き、山に登り続ける、冒険し続ける彼の旅の記録に、色々なことを学び、考えさせられた。
日に日に野口さん自身や、野口さんの活動に興味を持ち、講演会の抽選に応募。
抽選に当たり、大興奮で当時あの「運命を分けたザイル」のDVDを観せてくれた友人と共に今年の2月末、会場へ行った。講演会で話す野口さんは、時間を一切気にせずに、伝えたいこと、話したいことをおもしろおかしく、たくさん話してくれた。講演会の後の握手会では、本当にきさくに話してくれた。初めて、講演会に行った私に、何度も初めてか。と聞いて、「初めて会った気がしないなあ~。」と言ってくれたのは嬉しかったなあ。これが、その時の写真。
| 尊敬する野口 健さんと。 |
地震後、私が石巻にボランティアに行っている時、野口さんも、たくさんの寝袋を多くの被災地に自分でトラックを借りて届けていた。
もともと4月の初めエベレストへ出発する予定だった野口さん。被災地の往復を終え、一息入れずに少し出発は遅れたがエベレストへ向かった。
その野口さんが、先日、エベレストで雪崩に遭遇した。
まさに、死を覚悟する出来事。詳しくは、彼のBlogを是非読んでみてほしいのだが。
クリック→野口健さんのBlog
野口さんの言葉に再び、「命」を考えた。
「人は死を感じれば感じるほどに生を強く意識するものなのかもしれない。」
最後は、こう綴られていた。
(以下抜粋)
>「どのような状況に追い詰められようとも最後の最後まで精一杯生き切ってやろう」「あれだけのピンチを潜り抜けたのだ。自分にはまだ運が残っている」と気持ちは前向きだった。気持ちが切れなければ、また潰れなければ、なんとかなる。そう、なんとかなる。
誰もが一度は、「生と死」を考え、生きるために本当に必要なものとは何かを問う。
震災後、日本中の多くの人が、命の尊さ、今、生きることの尊さを感じているのではないだろうか。
今、この瞬間に命があるのならば、苦しくともなんとか、一歩一歩前に歩いて生きていこう。
被災した方々、大切な人、大切なものをなくした人、家に帰ることができない人、まだまだ私たちの中にある悲しみや苦しみは拭いきれない。
でも、今ある命。なんとか心に火を灯して、歩いていこう。
震災からもうすぐ2ヶ月。
被災地以外の人間は、まったくもって自粛ムードに暮れている場合ではないと思う。
一人ひとりのパワーを何らかの形で被災地へ届けていこうじゃないの。
命燃やしていこうじゃないの。
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